本場韓国のキムチよりうまい!アリランハウスの乳酸キムチ

ソウルのキムチ名人
崔基順女史指導
白菜株つき乳酸キムチ
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アリランハウス設立当時の記事です。

1988年10月 新潟日報日曜リポートより


[記事全文]

韓国人妻に交流の拠点
「アリランハウス」20日オープン

韓国から来た花嫁さんたちの就労と交流の拠点となる「アリランハウス」が東頚浦川原村に20日、オープンする。

村の国際結婚を実りあるものにしようという人たちの熱意で出来上がった。

花嫁たちがここで本場仕込みのキムチを作り、特産品として売り出す。また花嫁同士の交流、地域とのふれあいの場としても活用していくことにしている。
 
長男の熱意に打たれ

「アリランハウス」を建設し経営するのは同村検証時、堀井信夫さん(60)。上越市の優良企業を5年前に定年退職し、自動車学校に勤めていたがそこも辞め、あえて一千万円近い出資をしてこの新しい仕事を引き受けた。村役場の職員として国際結婚を担当している長男の一男さん(39)の熱意に打たれたからだ。

浦川原村では村が仲介して国際結婚に踏み切り、昨年秋から今年春にかけて韓国から6人の花嫁を迎えた。他に民間業者の紹介などで3人の外国人花嫁が来ている。

役場でこの仕事を担当した堀井一男さんと荒木政幸さん(42)の二人は結婚後も家庭や夫婦間の問題、就職のことなどで相談に乗り、時には自腹を切ってソウルまで飛んだこともあった。

そんなにして国際結婚とかかわり続け、一緒に悩んだ末にたどりついたのが「アリランハウス」の構想。堀井さんは「彼女たちはあらゆる面で結婚前に想像していたことと現実とのギャップの大きさに戸惑い、失望し、孤独になっている。彼女たちが心を通わせ合える機会と、希望を持って生きられる場をつくらなければならないと痛感した」という。

堀井さんと荒木さんの話に共鳴する人は村内にも多く、ハウス建設には建築業の若井優さん(36)をはじめ材木店、電気店、屋根工事や配管工事にいたるまで10人近い業者が商売抜きで協力。2カ月足らずで完成してしまった。

緑色の屋根、白い壁、赤い柱が目を引く「アリランハウス」は木造平屋の約70平方メートル。キムチを作る作業場のほか料理講習室と事務室、コミュニティルームなどがあり、営業用の大型冷蔵庫や真空パックの袋詰め機械なども備えられ、オープンを待つばかり。

「韓国の嫁さんたちが自分の国の文化や伝統を生かし、誇りを持ってやれる仕事ということでキムチを選んだ。それだけに本物を作りたい」(堀井さん)と、今月初めから崔基順さん(52)を招いて花嫁たちが講習を受けている。崔さんはソウルの食堂に勤めていた人で、「アリランハウス」が軌道に乗るまで手伝いたいという。


抱いてきた夢破れ・・

浦川原村に来た花嫁たちは「手工芸の技術を生かして店を出したい」「韓国料理の店をやりたい」などの夢を抱いてきたという。しかし現実には言葉の障害や地域的な条件などから思うような働き場がなく、自尊心を傷つけられたり仕事が合わなくて辞めるケースもある。

7年前に上越市に嫁いできた牛木淑子さん(36)も仲間に加わっているが「多くの人の温かい協力でこんな立派な施設ができてありがたい。みんなが仲良く励まし合って働き、キムチ工場もどんどん大きくなるといいで寸ね」と夢を膨らませる。

経営に当たる堀井信男さんは「家にくる嫁さんたちを付き合っているとかわいくなってね。素人だけれどもこの子達のためにがんばります」と言葉少なに決意を話し、「村内に限らずどこの嫁さんでも来て交流ができる場所にしたい」と呼び掛けている。


早くも希望寄せられ

「アリランハウス」では当面は崔さんのほか2、3人でキムチ作りに当たるが、他町村からも「暇なときに手伝いたい」などの希望が寄せられている。キムチの販売は関係者や協力者の口コミで売り歩くことにしており、新年から売り出す。

なお「アリランハウス」は浦川原村横川。電話は02559−9−2781
 

 
設立2年目に行った交流会の記事です。当時のNHKの朝番組「おはようジャーナル」でも放映されました。

1989年8月1日 毎日新聞より

[記事全文]

外国人花嫁さんと交流
浦川原村の住民  カラオケや盆踊り楽しむ

農村で増えている外国人花嫁を地域で温かく迎え入れようとこのほど、東頸・浦川原村で花嫁と住民の交流パーテイが開かれた。県内には五、六年前から韓国やフィリピンなどから花嫁が増えているが、相互交流はない。悩みやストレスをパーティーで解消し、住民との距離も縮められる機会に開かれた。

パーティーには同村や上越市、新井市、糸魚川市などから十二人の韓国花嫁と二人のフィリピン花嫁、夫らが参加、村内の住民も七十人が集まり、カラオケや盆踊りを楽しんだ。韓国から来日中の民族舞踊タルチムのメンバー十人も合流し、花嫁にとっては懐かしい母国の人たちとひと時も過ごした。

同村には花嫁の就労と交流の場に住民が開設したキムチ工場「アリランハウス」があり、そこに集まる花嫁たちがこのパーディを計画、住民ボランテイア四人が会場のテントを作りなどを手伝った。「みんなが集まって会を開くこと自体に意義がある。これからも定期的に開けば・・・」と花嫁たち。手伝った同村畜産業、涌井義雄さん(三十九)は「アリランハウスを通じて花嫁たちの苦労を聞いている。気軽なパーティで自然に溶け込んでいってもらえればと応援した」と交流の成功を喜んでいた。

 

 
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■キムチのお話

「株付き白菜キムチ

・スーパーで売っている白菜キムチに株はついていますか?  株付きの白菜キムチは葉の1枚1枚にヤンニョムという具をはさみます。茎の肉厚のところはたっぷりと、葉先にはうすくはさみます。

・こんな風に作ってます


株付き白菜キムチは茎のところを縦に切るときれいな紅白の縞になります。

国際結婚の仕事を一緒にした
荒木政幸さん
 
 
国際結婚の仕事を一緒にした荒木さんが当時のことを語ってくれました。

あれから14年も過ぎたのか。確か堀井君と韓国へ渡ったのは40歳の時、今はもう55歳。15年というひとつの歴史なんだね。

この交流会も13年前なのになぜか記憶にある。

ひとつは東京NHKの女性ディレクターが群馬県川場村の青年団長を連れてきた。名前が小林政幸君と言うんだけど、名前が僕と同じなので妙に覚えている。

もうひとつは、このころ国際結婚の問題がそろそろ表面化してきていたころフィリピン女性と結婚したものの女性に逃げられて?しまったO村のI君がこの交流会の準備に後片けにとかいがいしく協力してくれていたこと。人の良い彼だったが、その後会っていないからどうしているか分からない。

このようにいろいろな人が集まり盛り上げてくれた交流会であったが、僕もなぜか「釜山港へ帰れ」を歌った。

近くて遠い国といわれる韓国であるが、交際してみれば皆同じー

だってみんな人間だもの。

もっともそれが分かるまでしばらくかかったけどね。

 
 
荒木 政幸
 


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